【わたしが遠島へ旅する理由】「この島の気配と余韻がいいんです」隠岐の島・観光|Entô Guest 小松麻衣子さん|01

23.11.23

海士町 インタビュー

白水 ゆみこ

【わたしが遠島へ旅する理由】「この島の気配と余韻がいいんです」隠岐の島・観光|Entô Guest 小松麻衣子さん|01

船に乗って辿り着く、異国のように離れた遠島への旅。

遠く離れているのに、どうして何度も訪れたくなるのだろう。

遠島には、どんな価値があるのだろう。

これから隠岐の島に滞在するお客様や、すでに滞在されたお客様は、このように思うかもしれません。

Entô(エントウ)のゲストに島を訪ねたきっかけや、滞在中に見つけた豊かさや光について伺う連載【わたしが遠島へ旅する理由】。

今回はEntôへ5度目の宿泊を迎えた小松麻衣子さん(以下、小松さん)にお話を伺いました。

文/白水 ゆみこ
写真/佐藤 奈菜
取材・編集/小松崎 拓郎

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海は生活の一部だった。だから島も海も好き

── 隠岐との出会いについて教えてください。

小松さん 皆さんはご存知かもしれないけれど、松江駅の観光案内所で隠岐の島のチラシを見て、「行ってみよう」と思って。なにげないきっかけです。旅そのものが好きですが、海外には全く行かないんです。休みのたびに国内でものんびりできるところに行くんですが、島根や鳥取、山陰の風景がすごく好きになって、何度も足を運んでいます。

母の実家が長崎県の壱岐島なので、子どもの頃は休暇のたびに島を訪れていました。わたしは、愛知の港町で生まれ育っているので、昔から身近に海があることが当たり前で、海は生活の一部だったし、島も海も好きなんです。海のあいだに島がぽつぽつと点在して、船のある風景にホッとしますね。

壱岐は親戚の家もあるので勝手知ったるところはいいけれど、半分は日常という現実が混ざってしまうから、自分のペースでゆっくり休めるかというと少し違う。

むしろ縁もゆかりもないところのほうが自分を開放できてのんびりできるんです。そういう意味では隠岐の島はすごくちょうどいい。

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船の行き交う様子、雲の移り変わりを眺めていたい

── 初めて来島してから「もう一度島に行こう」と思ったのはなぜでしょうか?

小松さん Entôの部屋から見える景色がとても気に入ってるんです。船の行き交う様子とか、雲の移り変わりもそう。水鳥が海中に潜って魚採りに失敗する様子を見たりとかね(笑)。気がついたら一日が終わってしまうくらい、一日中島の景色を眺めていたいくらい好きです。

普段は中間管理職のサラリーマンなので、スケジュールが分刻みで忙しくて。普段は自分のこと、部下のことで予定も埋まってしまいます。ここに来るときは、何も予定を入れないようにしているし、スケジュールをいっぱいにすることもありません。いろいろなアクティビティがあるのはわかっているけれど、タイミングが合えば行くし、合わなければそれはそれで、いつまでも外を見てられるからそれでいいんですよ。

試しに西ノ島に行って、次のバスの時間まで1時間空いたときは、ただ海を眺めているだけでよかったんです。島内の内航船のフリーパスを買って、どの港でも降りずにずっと船に乗っている日もある。船の乗務員さんには変な奴だと思われているかもしれませんね(笑)。

予定は組まず、思う気ままに過ごす

── そんな内航船の楽しみ方は初めて聞きました!ちなみに、滞在中の食事はいつもどうされていますか?

小松さん 前回はEntôのDiningを利用させていただきました。レストランに限らず、旅のなかで予約を入れるとどうしても行動に縛りがうまれてしまいますよね。実を言うと、食べることの優先順位が低いんです。

食べる時間があれば、散歩をしたり景色をみたりしていたい。もちろんおいしいものを食べることは好きだけど、一食ぐらい食べられなくても大丈夫。基本的にひとり旅では予定は組まないので、ふらっと出かけることもあるし、今日は空がきれいだからと部屋にこもって一日過ごすこともあります。

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なにかいいものがくる、という気配と余韻を味わって

── 余白をとても大切にしていらっしゃるんですね。さきほどから島の風景をとても気に入ってくださっていると感じるんですが、部屋から見る景色は小松さんにとってどんな存在でしょうか。

小松さん これは本当に表現が難しいけれど……。例えば島と島の間から船がすこし見えたりすると「なにかいいものがくるな」っていう“気配"があったり、船が通りすぎた後に“余韻”を感じたりする。そのものズバリではなくて、その前と後みたいなものがすごくいいんですよね。

── そのものよりも、気配と余韻に心が動く。それはどうしてでしょうか。

小松さん 目の前にあるものは、いつかなくなってしまうじゃないですか。でも、その前に何かが起こる気配があったり、その後に余韻が残っていたりすると、ずっとなくならないような気がするんですよ。なんとなく、なんですけど。

目の前で起こることはわかりやすいし、誰から見ても同じ価値があると思うんです。たとえば100万円の金塊があったら、誰が見ても100万円の価値がある。ただ、船が通ったり、人が通ったり、鳥が飛んで行ったり、起こっていることを見たら誰が見ても何ともないですけど、その前後を想像したとき、ひとりひとりにそれぞれの背景や物語、いいことがくっついている気がしています。

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そう思うようになったのは何か特別な理由があったわけではなくて、ただ歳をとったということだと思います。

若い頃は、土日のスケジュールが埋まっていないことなんてあり得ない!って不安で、無理やり予定を詰め込んでいたんですね。不思議なもので、年齢と共にそういうものは必要なくなっていくというか、むしろできるだけ予定を空けていくようになりましたね。

若い頃は予定を詰め込んで一生懸命に色々とやって、その時々の充実感はあるし、けっして無駄ではなかったと思っています。だけど、バブル期に経験した贅沢なことは、自分の身の丈に合っていないような気がずっとしていました。贅沢さにふさわしい自分になろうとして馬車馬のように働いた時代を振り返ると、それで自分がよくなったり、豊かになったという実感が残らなかったんですね。

そんな時期を経て40代頃からですかね、あえてスケジュールに空白をもたせてみると、思いがけないことが起きたりして、そういうことのほうが経験として面白いと感じることが増えてきて。予定が空くことが悪いことではない、と実感できるようになったんです。

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遠島には、どんな価値があるのだろう。

遠く離れているのに、どうして何度も訪れたくなるのだろう。

それはきっと、刻々と変わり続ける島の自然や行き交う人々から感じ取れる「何かが起こる気配」、そして「残る余韻」にあるのかもしれません。後編では、小松さんが隠岐へと何度も来島する核心に迫ります。

後編はこちら:
【わたしが遠島へ旅する理由】「積極的に空っぽになりに来ています」隠岐の島・観光|小松麻衣子さん|02

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― text ―
白水 ゆみこ(しらみず ゆみこ)
福岡県出身。2017年〜2021年まで熊本・黒川温泉にある老舗旅館で仲居として働く。はじめて観光業に携わるなかで宿泊を通じた観光のその先を探しに2021年夏、飼い猫と海士町へ来島。Entôを運営する株式会社海士に入社。客室清掃や空間演出を担うクリンネス、食で島や隠岐を表現するダイニングを経て、現在は社内全体のマルチサポーターとして活動中。島での暮らしを、食と言葉で表現するひと。

― photo ―
佐藤 奈菜(さとう なな)
北海道札幌市出身。アメリカで数年を過ごし、代表の青山と同郷であることなどからEntôや海士町に興味を抱き、帰国後2022年に移住。暮らしのなかで撮るふとした写真のセンスは社内でも群を抜く。現在はマーケティング事業とフロント業務を兼任。彼女にとって良きタイミングで髪色を変える習慣があり、最近は鮮やかなグリーンの短髪をなびかせている。

― Interview/editing ―
小松崎 拓郎(こまつざき たくろう)
エディター。合同会社エドゥカーレ代表。茨城県龍ヶ崎市出身。渡独生活を経て、石見銀山に抱かれる町・島根県大森町で暮らしている。家族は妻と鶏二羽。

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