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船に乗って辿り着く、異国のように離れた遠島への旅。
遠く離れているのに、どうして何度も訪れたくなるのだろう。
遠島には、どんな価値があるのだろう。
Entô(エントウ)のゲストに島を訪ねたきっかけや、滞在中に見つけた豊かさや光について伺う連載【わたしが遠島へ旅する理由】。今回は初めてEntôに宿泊された山口トモ(以下、山口)さんにお話を伺いました。
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5歳から徐々に聴力を失った山口さんが、ろう者(聴覚障がい者)の世界や手話に触れたのは大学に入ってから。その後13年間企業でデザイナーとして勤めたのち、地元の手話講習会で出会った大手コーヒーチェーン店で働きはじめます。聞こえなくても接客ができるスキルを積み重ねた彼女は、現在、コスメのセレクトショップでも様々な方法を駆使してお客様とコミュニケーションをとられています。
全員オンラインでの取材でしたが、お喋りとテキストを交えて終始和やかなインタビューとなりました。
文/白水 ゆみこ
写真提供/山口 トモ
取材/佐藤 奈菜、佐々木 瑠菜
取材・編集/エドゥカーレ
── 早速ですが、幅広い活動をされている山口さんと隠岐の島との出会いについて教えてください。
山口 NHKの福祉情報番組に出演をさせていただいたことで企業様や大学からの講演依頼を頂いたり、カフェやコスメの接客スタッフとして日々スキルアップを図ったりしてきました。こういった活動が少しずつ知られるようになり、自分の活動が世の中の人や聞こえない子どもたちにも勇気を与えているという手応えを感じていました。ただ、ここで満足していいのかな?と考えたとき、モチベーションを更に高めてもっと自信をつけて進んでいくためには、ゆっくり考えるタイミングがきたんじゃないかと思ったんです。
わたし、10月が誕生日なんですよ。去年も一昨年も10月は資格試験で忙しかったけれど、今年は余裕がある。ふと、この1年の自分を称える旅に出ようと思いました。今年の5月、一足先に隠岐の島へ一人旅をしてきた夫から旅の話やEntôの写真を見せてもらって「ここだ!」と、直感で行ってみたくなったんです。
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── パートナーの写真や旅の話を聞いて、隠岐の島に行くしかない!と思えたんですね。
山口 そうですね。一昨年から夫は在宅勤務が多くなりました。そこで、リフレッシュのために一人旅に出ることを勧めました。夫が色々調べているうちに隠岐の島を見つけたのですが、私は恥ずかしながら初めて聞く島でした。
印象的だったのは、旅から帰ってきた夫が「隠岐の島すごくよかったよ!ありがとう!」と、とてもはつらつとしていて(笑)。その時、隠岐の島はそれほど素敵な島なのだと直感的に感じました。でも、かなり遠いし、行くのは大変だろうなとも思っていましたね。
── 遠いけれど、それでも行ってみようと決められた理由は何だったのでしょうか。
山口 はつらつとして帰ってきた夫の姿を見て、私もその場所で何かを感じ取ってみたいという気持ちになったんです。それに西ノ島で放牧されている馬にも会いたくて。夫が持ち帰ったジオパークの洗練されたデザイン冊子に目を奪われて、他のホテルとは何か違う魅力を感じたし、自分の目で確かめたいと思いました。
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聞こえない。けれど話すことを選んだ10年ぶりのひとり旅
── わざわざ遠島までお越しくださって、ありがとうございます。
山口 いえいえ(笑)。じつは今回の一人旅は10年ぶりなんです。結婚してからはずっと夫婦で動いていて、ひとりで旅することへの緊張や不安で、やっぱり行くのやめようかな、怖いな……と出発直前までモヤモヤしていました。10年前はわたしは障がい者として見られたくなかったし、聞こえないことを隠していたんです。なので、聞こえる人にあわせたコミュニケーションに長い間苦労してきました。
だから今回の旅で大切にしたことは、まず自分にコミュニケーションの苦労をかけ過ぎないこと。つまり「聞こえない」ということを、きちんと伝えてみようと思ったんです。5歳ごろまでは聞こえていたので、今も発声できるんですよ。ただ、相手の声が聞こえない。私が発声すると「聞こえる人」と勘違いされて、声で返ってきてしまう。はじめに聞こえないことをきちんと伝えることで、「なるほど聞こえないのね」と相手も心構えができる。そうすると、お互いの距離が縮まって筆談やジェスチャーなどを通じてコミュニケーションをとりやすくなるんですよね。そうして、飛行機、電車、バス、フェリーと、いろいろなコミュニケーション方法を駆使してやっと海士町にたどり着きました。
…でも。さすがにどっと、疲れましたね(笑)。
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EntôDiningで過ごした学びある時間
山口 このひとり旅は自分の誕生日を祝う旅でもあって、ちょっと恥ずかしかったけどメッセージプレートをお願いして、ドレスアップしてディナーをいただきました。
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既にブギーボード(*1)に色々と説明を書いて準備してくださっていたんです。滞在中、ボードはフロントにもショップにもあって、聞こえないということがちゃんと伝わっているし、歓迎されていると思えて感動しました。
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(*1)ブギーボード:何度も書き消しを行える電子メモパッド。
これは私の勝手な想像ですが、長く接客業をやっているのでこういう場面ではスタッフの方からちょっとした不安みたいなものを表情から読み取れてしまいます。けれど担当してくれたスタッフの藤原さんは、わたしが色々な質問をしても笑顔で喜んで受け入れてくれました。彼女のプロフェッショナルな姿勢は見習うものがあったし、お陰で心地よく過ごすことができましたね。
Entôに着いてから部屋まで案内してくれた佐々木さんもそうでした。私は緊張していたし、受付で声を出すべきか迷ったんですけど、皆さん積極的に迎え入れてくれて。年齢も障がいも関係なく接してくれたその気持ちに胸が熱くなりました。表面的な対応ではなくて、なぜここに来たのか、普段なにをしているのか、そんな話をしていると佐々木さんとの距離がグッと縮まって、安心して佐々木さんにゆだねてみようって思えました。おまけに彼女は、目の前で島のキンニャモニャ踊りを披露してくれたんですよ!夏祭りを見れたようで、大興奮でした(笑)。
── そう仰ってもらえるとすごく嬉しいですね。佐々木さんは山口さんのお話を聞いていかがですか?
佐々木 私は山口さんとお話して、逆にインスピレーションをもらえた気がして、今いただいた言葉をそのままお返ししたい気持ちです……!
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人との距離感はひとり旅ならでは
── いつもはパートナーやご友人と誕生日を過ごされているとお伺いしましたが、普段はどのようにお祝いをしていますか?
山口 毎年、夫と一緒にバースデーメガネをかけて誕生日を祝っています(笑)。これがないと誕生日が始まらない!って気持ちで、恥を捨てて旅の間ずっと持ち歩いてました。
これまでわたしたちは夫婦で旅をしてきていますが、ほとんどの場合、スタッフの方が夫に話しかけて、夫が私に通訳してくれます。ただ、夫は物静かな人で、実際はわたしのほうがすごくお喋りなんですよ(笑)。
いつも「通訳お願いしていい?」って夫に頼むけれど、やっぱり自分のペースでスタッフさんともリアルタイムで話したい。誰かに通訳してもらうとタイムラグが起こることに物足りなさを感じていたのですが、一人旅だからこそスタッフの方々と直接やりとりができるのだと、Entôで過ごして改めて実感しました。
・ ・ ・
頑張った自分を称えるため計画された、10年ぶりのひとり旅。
緊張や不安を抱えながらも、段々と楽しさや感動を感じていた様子が、山口さんの豊かな表情からも伺えました。
後編では、山口さんが隠岐の島への旅を通じて得られたものについてお話してくださいます。
後編はこちら:
【わたしが遠島へ旅する理由】「理屈ではない大切な活力を得た気がします」隠岐の島・観光|Entô Guest 山口トモさん|04
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― text ―
白水 ゆみこ(しらみず ゆみこ)
福岡県出身。2017年から約4年間、熊本・黒川温泉にある老舗旅館で仲居として働く。宿泊を通じた人や地域との関わりに魅力を感じ、観光のその先を探しに、2021年夏に飼い猫と海士町へ来島。入社後は清掃や料飲部門などの宿泊事業に関わるマネジメントを経て、現在は社内全体のマルチサポーターとして活動中。尊敬する人は土井善晴氏。島での暮らしを、食と言葉で表現するひと。
― Interview ―
佐藤 奈菜(さとう なな)
北海道札幌市出身。アメリカで数年を過ごし、代表の青山と同郷であることなどからEntôや海士町に興味を抱き、帰国後2022年に移住。暮らしのなかで撮るふとした写真のセンスは社内でも群を抜く。現在は主にマーケティング事業を担当。良きタイミングで髪色を鮮やかに変える習慣があり、変化を楽しむ柔軟な姿に影響される人も多い。
佐々木 瑠奈(ささき るな)
宮城県出身。東北にある芸術系大学を卒業後、2023年4月に大人の島留学生として来島。Entôではフロントからクリンネス、港のレストランまでマルチに活躍中。独特なワードセンスは人を惹きつけ、ゲストと意気投合する姿が頻繁に目撃されている。実は“新卒の島暮らしvlog”をつくる隠れYoutuberの一面を持つ。
― Interview/editing ―
小松崎 拓郎(こまつざき たくろう)
エディター。合同会社エドゥカーレ代表。茨城県龍ヶ崎市出身。渡独生活を経て、石見銀山に抱かれる町・島根県大森町で暮らしている。家族は妻と鶏二羽。