
船に乗って辿り着く、異国のように離れた遠島への旅。
遠く離れているのに、どうして何度も訪れたくなるのだろう。
遠島には、どんな価値があるのだろう。
Entô(エントウ)のゲストに島を訪ねたきっかけや、滞在中に見つけた豊かさや光について伺う連載【わたしが遠島へ旅する理由】。

一足早く隠岐へひとり旅してきたパートナーに影響されたという山口トモ(以下、山口)さん。10年ぶりのひとり旅に選んだ隠岐の島での経験は、ご自身のエネルギーになっていると語ってくれました。
前編はこちら:
【わたしが遠島へ旅する理由】「私もこの島で何かを感じ取ってみたい」隠岐の島・観光|Entô Guest 山口トモさん|03
文/白水 ゆみこ
写真提供/山口 トモ
取材/佐藤 奈菜、佐々木 瑠菜
取材・編集/エドゥカーレ
経験することで広がるあたらしい景色
── 前編では2泊されたと伺いましたが、その他にはどんなふうに過ごされていましたか?
山口さん 他の観光客や地元の人と積極的にコミュニケーションをとって過ごしていました。私にとって憧れるひとり旅って、知らない人と「今日は天気がいいですね」と気軽に話せることなんです。それは聞こえる人の世界だけのことだと諦めていました。
でも今回、10年ぶりのひとり旅に出てはじめて、「わたしは聞こえないので筆談してください」とはっきり伝えてみたんです。そうしたら、例えば、訪れた西ノ島の摩天崖では、行き止まりだと思っていた先にもっといい景色があることを教えてもらえたりしました。
普段仕事では辛いこともたくさんあるけれど、どうしたらもっと上手くコミュニケーションができるかを常に考えるし、旅でも思い切って実践することで、その先に新しい景色が広がることを実感しました。


今まで忘れていた自分と対話する時間
── 普段はご自身と対話する機会というのはそこまでなかったんでしょうか?
山口 そうですね。仕事を掛け持ちしていますし、人と接するときは視覚情報に集中するので頭も体力もすごく使います。ちゃんと休みたいとき、最近は特にNetflixを観てリラックスするのが習慣になっていて。Entôで過ごしている時には、また違うリラックス感があり上手く言葉にできないんですけど、特別な心地よさを感じました。
── そういう意味では、Entôへお越しになる前と滞在した後で、何かご自身のなかで変化はありましたか?
山口 自分でも感じてはいたんですけれども、職場の同僚やお客様からは、「なんだか活き活きしてますね」って言われます。言葉では言い表せないエネルギーをもらって、それが周りの人へも伝わっているのだと思います。

理屈ではない活力を得られた部屋からの景色
── 仰っていること、なんだか分かる気がします。人とのやり取りや色々なものからエネルギーをいただくのかなと思うのですが、山口さんは何を通じて旅の中で一番エネルギーをもらいましたか?
山口 それは、Entôから見える景色ですね。現在住んでいるところも海が近いのですが、Entôは室内から目の前に海が広がる。生まれて初めての景色に感動しました。ミニマルでシンプルな部屋で大好きなコーヒーを飲みながら、ゆらぐ海、行き交う船、空や木々の色の移り変わる様子をずっと眺めていました。まるで美術館で美しいものを観ているような感覚でしたね。
接客の仕事を始めてから、頭も身体もフル回転させるので、毎朝目覚ましと格闘していますが、Entôでは目覚ましよりも先に目が覚めて、布団の中から見える景色が美しくて……。今こうして話していても、あの日の光景が浮かんできて、暖かくて夢見ごこちな気分です。


ディナーではスタッフの藤原さんと筆談などを交えてコミュニケーションがとれたことで、島の様々な食材の魅力も知ることができました。それで急遽、朝食を追加したんですが、最終日の朝の景色はまた違ったものがあって、とても感動しました。目の前を横切った船を見たとき、この船に乗って帰るのかと思うとすこし寂しくて、1分1秒を大切に過ごそうって思いましたね。
── 本当に滞在を楽しんでくださっていたんですね。こうやって直に旅のことを聞かせてもらうのはすごく嬉しいです。
山口 うまく言えないけれど、理屈ではない大切な活力が得られた気がします。
── Entôでの旅で得られたかもしれませんし、今もお話されている画面越しから伝わってくるぐらいに活力がみなぎってますね。
山口 言葉にできない旅っていうのは初めてかもしれませんね。夫が隠岐の島からリフレッシュして帰ってきて「ありがとう」って言ってくれたその気持ちにとても共感できました。今回の誕生日は、夫からのプレゼントでもあったんです。一人旅でしたが、夫や色々な人の助けもあって隠岐の島を楽しめたのだと思います。
聞こえても、聞こえなくても
山口 じつは到着したあと、佐々木さんにちょっと弱音を吐いたんですよ。「聞こえないから辿り着くまでにコミュニケーションがすごく大変でした」と伝えたら、彼女は「隠岐は聞こえても聞こえなくても、来るのは大変ですよ」って言ったんです。聞こえないと大変ですよねって同意するのではなくて、わたしに対してフラットに接してくれたんです。年齢や障がいのある無しに関わらず公平な視点で受け止めてくださったのが、とても印象的でした。
── そんなやりとりをしていたんですね…!旅の色々なエピソードを聞かせていただいたんですが、隠岐は山口さんにとってどんな存在でしょうか。
山口 わたしは耳が聞こえないけれど、五感で感じられる場所、目には見えない理屈ではない大切な活力を得られる場所だと思っています。このインタビューの前に旅の写真を見返していたら、思い出がどんどん蘇ってきました。これまで色々なところを旅してきましたが、これほど強烈な余韻に浸ることはなかなかないですね。
こんなふうに自分を客観視できるようになるとは思ってもみませんでしたが、それができたのは隠岐の旅があったからかもしれません。日本とは思えない景色が広がる、日本にいながらなかなか行けない遠い場所だからこそ、得られるものもすごく多かったです。
そしてこの旅でインプットしたものを関わるたくさんの方々にアウトプットしたいですね。

あとがき/インタビューこぼれ話
佐々木 お話いただいてありがとうございました。
トモさんの話す言葉全部に感謝が乗っていると感じます。今こうして、オンラインで距離は離れてはいるけれど、そのエネルギーが画面越しに伝わってきて私も嬉しい気持ちです。トモさん自身が楽しむことが一番大事で、それが周りの人に伝わって…。なんだろう、循環みたいなものをつくる方だなって、本当に素敵で。Entôで出会ってから、憧れや、ときめきみたいなものを感じてトモさんみたいになりたいなって、今日のお話を聞いて更に思いました。
小松崎 本当に、温かい気持ちが僕にまで伝わってきます。白水さん、佐藤さんはいかがですか?
白水 山口さんへインタビューしたいと言い出したのは私なんです。これまで耳の聞こえない方がそれほど来られていない事もありますけど、それだけではなくて山口さんが滞在していた間に現場で働くスタッフの変化に気付いて。普段はそんなに前に出ない人が率先して動いたり、そういう姿を見ていて影響の大きい方が来てくれたんだなと感じていました。わたしが目にしたのはスタッフの些細な変化かもしれないけれど、その理由を今日こうして聞かせていただいて色々繋がったし、本当に嬉しい気持ちです。
佐藤 わたしはチェックアウトの時に初めて山口さんを見かけて、ほんの短い時間だったけれど、すっごく笑顔が素敵な方で、またお会いしたかったんです。今日お伺いしたかったことは沢山あったんですけど全て聞けたような気がするし、自分で自分を輝かせるっていう姿勢にエネルギーをもらって、私もそうなりたいなって強く思います。是非また来てくださいね、お話したいです。
山口 皆さん覚えていてくれてありがとうございます!とても嬉しいです。
小松崎 編集部の白水さんと佐藤さんが、たくさんのお客様の中から山口さんを推していた理由が伝わってきました。画面越しでも本当にキラキラしていらっしゃいますね。
・ ・ ・
最後に山口さんから「こうして皆さんと会えた記念にひとつ手話を覚えていきませんか?」とご提案をいただき、Entôの和名にあたる「遠島(遠い島)」をどう表現するのか教えていただきました。
指先をくっつけたり、拳をつくって反対の手を向ける方向に気を配ったり。画面越しに見様見真似で手を動かしながら、こうして日々たくさんの方と試行錯誤しながら対話されていること、こんなに隠岐の旅を楽しんでもらえたことへの感謝が溢れてきます。笑顔で話す山口さんの表情に、胸が熱くなるのを確かに感じました。

― text ―
白水 ゆみこ(しらみず ゆみこ)
福岡県出身。2017年から約4年間、熊本・黒川温泉にある老舗旅館で仲居として働く。宿泊を通じた人や地域との関わりに魅力を感じ、観光のその先を探しに、2021年夏に飼い猫と海士町へ来島。入社後は清掃や料飲部門などの宿泊事業に関わるマネジメントを経て、現在は社内全体のマルチサポーターとして活動中。尊敬する人は土井善晴氏。島での暮らしを、食と言葉で表現するひと。
― Interview ―
佐藤 奈菜(さとう なな)
北海道札幌市出身。アメリカで数年を過ごし、代表の青山と同郷であることなどからEntôや海士町に興味を抱き、帰国後2022年に移住。暮らしのなかで撮るふとした写真のセンスは社内でも群を抜く。現在は主にマーケティング事業を担当。良きタイミングで髪色を鮮やかに変える習慣があり、変化を楽しむ柔軟な姿に影響される人も多い。
佐々木 瑠奈(ささき るな)
宮城県出身。東北にある芸術系大学を卒業後、2023年4月に大人の島留学生として来島。Entôではフロントからクリンネス、港のレストランまでマルチに活躍中。独特なワードセンスは人を惹きつけ、ゲストと意気投合する姿が頻繁に目撃されている。実は“新卒の島暮らしvlog”をつくる隠れYoutuberの一面を持つ。
― Interview/editing ―
小松崎 拓郎(こまつざき たくろう)
エディター。合同会社エドゥカーレ代表。茨城県龍ヶ崎市出身。渡独生活を経て、石見銀山に抱かれる町・島根県大森町で暮らしている。家族は妻と鶏二羽。