隠岐で、地球の時間に触れるということ|野邉一寛 × 青山敦士 前編

隠岐で、地球の時間に触れるということ|野邉一寛 × 青山敦士 前編

隠岐ユネスコ世界ジオパークの専門員として20年以上、島の価値を言語化し続けてきた野邉一寛さん。
そしてその“隠岐の文脈”を受け取りながら、宿として新たな形を模索してきた Entô の青山敦士。

ふたりの対話は、旅の目的が揺らいだコロナの時代をきっかけに
「なぜこの島に人は惹かれるのか」
「隠岐とはどんな場所なのか」
その答えを探るところから始まります。

島の地形が教えてくれるスケールの大きさ。
文化や暮らしが自然につながっていく必然性。
Entôが“地球にぽつん”という言葉に辿り着くまでの道のり。

読み進めるほど、旅の意味とこの島の輪郭が静かに立ち上がってきます。
なぜ隠岐で、なぜジオパークなのか。

そして、この場所がただ泊まるだけの宿から一歩先へ進んだ理由を語ります。

野邉 一寛

隠岐の島町出身。建設会社勤務を経て1994年にUターンし隠岐の島町役場に勤務。隠岐ならではの歴史・文化・自然環境を活かした地域振興に取り組むため、隠岐におけるジオパーク活動を推進。一般社団法人隠岐ジオパーク推進機構業務執行理事、NPO法人日本ジオパークネットワーク事務局次長、ユネスコ世界ジオパーク離島及び海岸地域WGリーダーを兼務。

野邉 一寛

隠岐の島町出身。建設会社勤務を経て1994年にUターンし隠岐の島町役場に勤務。隠岐ならではの歴史・文化・自然環境を活かした地域振興に取り組むため、隠岐におけるジオパーク活動を推進。一般社団法人隠岐ジオパーク推進機構業務執行理事、NPO法人日本ジオパークネットワーク事務局次長、ユネスコ世界ジオパーク離島及び海岸地域WGリーダーを兼務。

青山敦士

株式会社海士代表 / 北海道出身。2007年島根県隠岐諸島にある海士町観光協会に入社。2013年株式会社島ファクトリーを分社化、旅行業・リネンサプライ業を運営。 2017年より株式会社海士の代表就任。2021年泊まれるジオパークの拠点施設「Entô」を開業。

青山敦士

株式会社海士代表 / 北海道出身。2007年島根県隠岐諸島にある海士町観光協会に入社。2013年株式会社島ファクトリーを分社化、旅行業・リネンサプライ業を運営。 2017年より株式会社海士の代表就任。2021年泊まれるジオパークの拠点施設「Entô」を開業。

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コロナが問い直した、旅の「理由」

ーーまずは、Entôが“ジオパークの拠点”へと大きく舵を切ることになった背景から伺います。
当時、野邉さんにはどのように見えていたのでしょうか。

野邉一寛(以下野邊)
そうですね…。正直に言うと、最初の頃は「県の補助金のためにジオパークって言っているだけなんじゃないか」なんて思ってたんですよ(笑)。
でも途中から、明らかに“本気で振り切ったな”と感じる瞬間があって。

青山敦士(以下青山)
いやぁ…(笑)。たぶん一番大きかったのは、コロナですね。Entôの計画自体はコロナ前からありましたが、あの時期を経て観光が大きく変わりました。

「便利、快適、おいしい。」それだけでは人は動かない。

移動すること自体に制限があった中で、「なぜ、この島に来るのか」という理由がはっきり問われたんです。それを突き詰めていくと、「材料は足元に全部あるじゃないか」と気づきました。島全体の成り立ち、四つの島の違い、地形のダイナミズム。ゲストは、実はそこを感じに来ているんじゃないかと。

「全部、つながっている」という発見

ーー野邉さんは、隠岐の価値を“つながりの大きさ”と語られていますよね。

野邉
隠岐の面白さって、自然の成り立ちの中に成立しているんです。
岩の形も、断崖も、海の流れも、全部 “なぜこうなっているか” が説明できる。
そこに必然性がある。

歴史も同じで、後鳥羽上皇の話も「ただ流された」だけではなくて、地形・海流・当時の道のりを合わせて見ると、自然と歴史が一本の線でつながっている ことがわかる。

そういう視点が入ると、旅は「何を見るか」じゃなくて「どう見るか」に変わっていくんです。

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青山
僕は10年以上住んでいましたが、「なんとなく面白い」としか言語化できていませんでした。
でも野邉さんと話すようになって、「あ、全部つながっているんだ」と腑に落ちたんです。

風景も文化も暮らしも、この地形の上に自然にできている。それが分かった瞬間、視点がすごく変わりました。

時間軸が変わると、世界の見え方が変わる

野邉
ジオパークは、扱う時間のスケールが違うんですよ。10万年とか、2億年とか。
たとえば「魚がおいしい理由」だって、海流だけでは説明できない。もっと長い時間の地形や海底の成り立ちが関係している。

このスケールの大きさが、隠岐で物を見るときの面白さなんです。

青山
僕も、Entôの運営を通して“時間の感覚”がすごく変わりました。
もともとは次の50年、100年を見ていたはずが、気づいたら1000年、1万年の単位で考えるようになっていたんです。「自分たちは、ただ大きな営みの中の一部なんだな」と思えるようになった。それはすごく自由になる感覚でもあります。

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「地球にぽつん」は、だんだんと馴染んでくる

ーーEntôのコピー「地球にぽつん」についてお聞きします。最初は受け取りづらかったと伺いました。

青山
そうなんです。最初に提案いただいたときは、「いや、そんな静的な言い方でいいのかな?」と思いました。「この場所の面白さは文化や風土にもあるのに」と。

でも時間が経つほど、この言葉のほうが本質に近いと感じるようになって。
いろんな情報や装飾を取り払っていくと、最後に残るのは「地球」なんですよね。
この場所の風景はまさにそのスケールとつながっている。

野邉
いやぁ、それほんとに分かります(笑)。
Entôの部屋で海をぼーっと見ていると、自然と「地球にぽつん」という感覚になりますよ。
部屋やラウンジで過ごしながら、「これから自分がどう生きていくのか」「いま自分の置かれている場所をどう捉えるのか」を考えるような時間が自然と生まれる。
ただ泊まるのではなく、風景と対話しながら、自分をもう一度整え直す場所になっている。
それが、Entô の大きな意味なんだと思います。

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旅は、新しい“物差し”を持ち帰る行為

野邉
隠岐の風景って、雄大で終わらないんです。7000年や1万年という時間の「ほんの一瞬」でできた景色だと分かると、自分の悩みや日常のスケールがちょっと変わる。
旅には、そういう「心のリセット」がありますよね。

青山
僕もそう思います。ここで得られる視点や物差しって、旅先で終わるものじゃなくて、その人が帰ったあと、自分の土地で生きていく力にもなる。
それは、この土地にとっても嬉しいし、世界中
に散っていったゲストの人生にも、ほんの少しでも良い影響を与えられたらいいなと思っています。

(後編に続く)

― text ―
浅川友里江
東京生まれ、山梨育ち。学生時代から写真や映像、音楽やサブカルに夢中になり、デザインや執筆、ブランディングの仕事へ。京都ではホテル開業に携わり、マーケティングを担当しながらウェルカムDJまで。趣味と仕事が表裏一体で、遊びや表現活動がそのまま仕事につながる時代を過ごした。
2021年にEntôを訪れ、2024年に海士町へ移住。現在はEntôのマーケティングを担っている。
島では猫とシェアハウスで暮らし、地域のグラウンドゴルフに参加したり、友人と和歌短歌を愉しむのも日常に。これからは音楽や食の楽しみも広げながら、遊びと仕事を行き来しつつ"島の余白"を彩っていきたい。

― editing ―
小松崎 拓郎
1991年、茨城県龍ケ崎市生まれ。島根県の石見銀山遺跡とその文化的景観に抱かれる町・大森町で妻と二羽の鶏、愛犬と共に暮らしている編集者。エドゥカーレ社代表。会社のファンを増やすオンラインマーケティング支援サービス「カンパニーエディター」、自然のために働く人を増やし、自然を愛する人の輪を広げていくプロジェクトデータベース「GOOD NATURE COMPANY 100」を運営。

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