【Entô開業4周年記念対談・後編】 島に帰ってこられるもう一つの家。訪れるたびに新しい発見を|原田真宏 × 青山敦士

25.09.26

ジオ インタビュー

浅川 友里江

【Entô開業4周年記念対談・後編】 島に帰ってこられるもう一つの家。訪れるたびに新しい発見を|原田真宏 × 青山敦士

開業から4年、Entôはホテルという枠を超えて「泊まれるジオパークの拠点施設」として、島で暮らす人々と訪れる旅人の間に緩やかな往復を生み出してきました。

建築家・原田真宏さんが引いた一本の線はただの設計ではなく、この地に立ち返るための「基準」としてあり続けています。

その上で、日々の営みを担う青山敦士をはじめとする運営チームは、Honest(正直さ)とSeamless(隔たりのなさ)という言葉を手がかりに、遠島を訪れる旅人の感性をひらく場について考え続けています。

後編では、考え続けることから始まるEntôの現在地と、そこから広がっていく未来のかたちを探ります。

原田真宏

建築家・原田真宏。1973年静岡県生まれ。芝浦工業大学大学院修了後、隈研吾建築都市設計事務所を経て、バルセロナの建築事務所での研修や磯崎新アトリエでの経験を重ね、2004年に原田麻魚とともに「MOUNT FUJI ARCHITECTS STUDIO」を設立。以降、国内外で多数の建築設計を手がける一方、芝浦工業大学建築学部教授として後進の育成にも力を注ぐ。多様な土地と対話し、風土や時間の蓄積に耳を澄ませるような建築を追求している。

原田真宏

建築家・原田真宏。1973年静岡県生まれ。芝浦工業大学大学院修了後、隈研吾建築都市設計事務所を経て、バルセロナの建築事務所での研修や磯崎新アトリエでの経験を重ね、2004年に原田麻魚とともに「MOUNT FUJI ARCHITECTS STUDIO」を設立。以降、国内外で多数の建築設計を手がける一方、芝浦工業大学建築学部教授として後進の育成にも力を注ぐ。多様な土地と対話し、風土や時間の蓄積に耳を澄ませるような建築を追求している。

青山敦士

株式会社海士代表 / 北海道出身。2007年島根県隠岐諸島にある海士町観光協会に入社。2013年株式会社島ファクトリーを分社化、旅行業・リネンサプライ業を運営。 2017年より株式会社海士の代表就任。2021年泊まれるジオパークの拠点施設「Entô」を開業。

青山敦士

株式会社海士代表 / 北海道出身。2007年島根県隠岐諸島にある海士町観光協会に入社。2013年株式会社島ファクトリーを分社化、旅行業・リネンサプライ業を運営。 2017年より株式会社海士の代表就任。2021年泊まれるジオパークの拠点施設「Entô」を開業。

答えのない運営

「わかりきれない」ことを、考え続ける姿勢

──原田さんが設計を担い、青山さんたちが運営を続けてきた4年間の中で、特に印象に残っている出来事や、「これは一緒に価値を育てられた」と感じた瞬間があれば、ぜひ聞かせてください。


原田真宏(以下、原田)
オープンのときに、東京でプレスイベントを一緒にやったんですけど、それがまず思い出されますね。あの場って、ホテルが完成しましたっていう単なるお披露目じゃなくて、まだ誰もちゃんと掴みきれていなかった「Entô」っていう概念を、みんなで名前をつけて、あの場から世界にローンチしようとしていた気がするんです。

たぶんあれ以来、ずっとみんな「Entôって何なんだろう」って、考え続けてると思うんですよ。わかりたくてもわかり切れない。よくわからないから、ずっと考え続けていられる。その「考え続ける状態」がコアにあって、それが今も続いてるのが、いいなと思っていて。あのローンチイベントは、その始まりだった気がしますね。


青山敦士(以下、青山)
確かに、僕らもずっと考えてますね。ずっと「泊まれる拠点って、なんだろう」って。

正直、今でも答えは出ていなくて、でもその問い自体が続いてることが大事なんだろうなと思います。

建築がしっかりと「立ち返れる場所」をつくってくれているからこそ、僕たち運営は揺れながらも戻ってこられる。そのバランスがありがたいし、僕らのようなソフト側にとっては、本当に大きな支えになっていると思います。

原田
設計のときにみんなで話していたことって、建築のなかにちゃんと「記録」として残ってるんですよね。Entôは完成された何かじゃなくて、「考え続ける装置」みたいな存在。関わる人が変わっていくこと、日々発見があること。それが面白い場所の条件だと思っています。

どんなにいいホテルでも、ルーティンになってしまっていたら、やっぱり面白くない。サービスする側も、される側も、発見がないんですよね。Entôって、多分「解けない謎」みたいなものを持っている。動き続けていて、考え続けられているから、僕はいいなと思っているんです。


青山
僕も、そこがEntôらしさだと思います。今では、僕たちが運営してる(株)海士だけの場所じゃなくなっていて、役場や教育委員会、そしてそして隠岐ユネスコ世界ジオパークの立ち上げに尽力されてきた野邊さん(現・隠岐ジオパーク推進機構業務執行理事)をはじめ、地域のいろんな方々が「自分たちの場所」として関わってくれている。ゲストの方も、何度も訪れるうちに「自分の場所」だと思ってくれている人もいて、SNSを見ていてもそれを感じます。


青山
真宏さんがプレゼンのときにくださった「Honest(正直さ、素直さ)」と「Seamless(隔たりや境目がないこと)」という言葉も、僕らの中でずっと生きてるんですよね。建築のコンセプトとして始まったものですけど、僕ら運営の判断軸にもなっていて、日々の対応や姿勢の根っこにある感覚だなと思っています。

フロントを通さず地域の方と自然に出会えるような動線もそうだし、説明しすぎず、感じてもらえる余白を残しておくこと。そうした設計が、Entôらしい交流を生んでくれている気がします。

最近では、GMの伊藤が本当に地域の中に飛び込んでいて。バスケ大会や綱引き、婦人部の集まりから、地区掃除やオークションの司会まで(笑)。彼が体現しているような「島に根づく動き方」が、Entôのなかに地域との新しいつながりを育ててくれているんだと思います。

──Entôが「帰ってこられる場所」として少しずつ根づき、島の一部として育ってきたように感じます。旅人と地域の関係性について、いまどのように感じていらっしゃいますか?


原田
どんな広告よりも、ゲストの方々が残してくれる言葉のほうがずっと力がある。感度の高い人たちがまず見つけてくれて、そして自然に発信してくれている。この空気がちゃんと伝わってるのは、空間だけの力じゃなくて、それを運営する青山さんたちの存在があるからだと、感じています。


青山
実際、開業当初は島の方々が草抜きをしてくれたり、役場の課長さんがベッドメイクしてくれたり、洗濯も一緒にやってくれたりしていて。最近では「Entôが休館で真っ暗だと寂しいね」って言ってくださる商店のおばちゃんもいて。
Entôを自分事として関わってくれてるのが、すごくありがたいなと思っています。


原田
立地もね、フェリーがゆっくり入ってくるときに港に沿ってEntôが見えてくる。映画のタイトルロールみたいな状態を作りたいと思ってたから、灯が消えてると寂しいなんて言ってくれるのは本当に嬉しいですね。


青山
実際、旅人の方がフェリーの甲板に出てきて、「あ、あれがEntôだね」って声をかけてくれる瞬間があります。僕も一緒に乗ってるときは、ちょっと恥ずかしいですけど(笑)、耳はダンボになってます。

それに、お見送りのときに清掃スタッフが窓から手を振ってくれていたりして。そういう、旅の始まりと終わりをつくる“風景のひとつ”になれているとしたら、それはすごく光栄なことだなと思っています。

Harken Photo 59

純度の先にひらかれる風景

島と旅の、これからのかたち

──これからの旅と建築がどのように繋がっていくのか、お二人はどのように考えていますか?


原田
僕自身、まだ行ったことのない場所に行きたいっていう思いはあるけど、Entôって、もうちょっとこう……別荘ほど頻繁に行くわけじゃない、でも「もうひとつの家」みたいな感じなんですよね。数年行ってなかったらふとまた行きたくなる。そういう距離感がちょうどよくて、僕にとってはそんな場所になっている。


青山
ありがたいです。ちょうど2年前に改修してもらった5階のフロア、すごく人気なんですよ。既存ホテルの改修って、実は僕らにとってはチャレンジだったんですけど、新しいゲストも、Entôの前身からの関係人口の方々も、あの空間に「帰ってきた」みたいな感覚を持ってくださっていて。何か帰ってくる場所として、何か少し暮らしの感じも含めて、新しい客室を使ってもらってるなっていうのは何となく感じます。

──これからのEntôについて、5年後や10年後にどんな未来を描かれていますか?


原田
よく思うのはね、風呂をリニューアルしようぜってこと(笑)。やっぱり潮風が抜ける大きな縁側があってさ、外風呂があるような。


青山
それ、真宏さんの発言がタイムリーすぎてビックリしました。ずっとやりたくて、でもなかなか実現できなかったことで。でも、そろそろ本気で動くかもしれません。


原田
やっぱり風呂って大きな魅力ですよね。潮風に吹かれながら、ゆっくりくつろげる場所があったら最高だと思う。


青山
課題もあるけど、取り組みたいですね。で、僕が島の課題だと感じているのが「住まい」なんですよ。ありがたいことに、移住者や関係人口が年々増えてきていて。でも本当に家が足りない。

今は、空き家をリノベーションしてシェアハウスにしたり、新しい建築方法の検証なども行っています。この先10年、20年を見据えると、相当数の空き家とどう向き合っていくかが重要になってくると思っています。


原田
空き家って、やっぱり未来への資源なんだよね。

特に今求められてるのは、いきなり移住するんじゃなくて、ちょっと滞在してみる場所。例えば春休みや夏休みに、子どもを島の学校に通わせてみて、親も地域に交わって暮らしを試してみる。そんなお試し滞在ができる施設が、きっと鍵になると思う。


青山
町でも今、「関係人口から滞在人口へ」というテーマを掲げていて、まさにそこなんですよね。数週間〜数ヶ月でも島で暮らすという新しい関わり方が生まれはじめていて。

こうした人たちと、どんな空間をどう育てていくか。建築の可能性って、もっと暮らしの中に入り込んでくるなと感じてます。


原田
そのときに大事なのは「Pureness(純度)」。何でもかんでも手を広げすぎると、どんどん色んなものが混ざっちゃって、本来の良さが失われてしまう。Entôはあの1本の線みたいに、ピュアなものをちゃんと残していく場所であってほしい。そういう場じゃないと、島の純粋さとも響き合わないと思うんです。

青山
僕らも、空間と同じくらい運営でも“何をやらないか”を大切にしてきました。それを可能にしてくれたのが、建築のコンセプトでもある「Honest」と「Seamless」という言葉でした。

あの言葉をもらったとき、本当に背中を押されたというか。今では運営チームの判断軸にもなっていて、ゲストにとっての気づきや出会いに、ちゃんと余白が残る運営を意識しています。


原田
そういう運営ができるのは、空間にPurenessがあるからだと思うよ。最近よく相談を受けるんですよ。「地方に移住したいけど、どうすればいいか」って。そういう人たちが求めてるのは、自然に触れながら、いい教育が受けられる場所。清里や軽井沢みたいなね。

海士も、その可能性があると思う。

原田
そんな取り組みが他のジオパークにも広がっていくといいよね。実際、僕のクライアントや知人も、Entôを視察に訪れているし。

国立公園や海外の山の中にあるようなホテルたちと、会員制ネットワークをつくって、ぐるぐる回れるような仕組みができたら面白いよね。


──仮に別の土地にEntôのような場をつくるとしたら、変えずに大切にしていきたい「本質」は、どんなことですか?


青山
僕らのところにも、「うちの地域でもEntôのようなホテルをやりたい」という相談が増えてきています。まだまだ模索中ではありますが、これまでの実践を活かして、別の地域でもその土地にふさわしい「かたち」を育てていけたらと思っています。


原田
そこで大事なのは、やっぱり適当なものを増やさないってことなんですよね。蓄積するような建築を、土地に対して丁寧に重ねていく。そういうやり方を、これからも守っていきたいです。


青山
純度を保ちながら、洗練されていく。それが旅にも、建築にも、Entôらしいあり方なんじゃないかと思います。

Entôは、かたちの定まらないものと共にあり続ける場なのかもしれない。、建築が引いた一本の線は、風景の中に静かに基準を置き、地域と旅、個々の暮らしと土地に根ざす営みの細部に、静かな気づきをもたらしてきた。

「Honest」と「Seamless」という言葉は、建築の哲学を超えて、日々の運営のふるまいや判断の軸にもなっている。
何かを断定せず、わかりきらないまま模索を続けること。

その在り方が、この地に滞在する人々の感性をひらき、やがては他の地域や営みにも、そっと滲んでいく。

― text ―
浅川友里江
東京生まれ、山梨育ち。学生時代から写真や映像、音楽やサブカルに夢中になり、デザインや執筆、ブランディングの仕事へ。京都ではホテル開業に携わり、マーケティングを担当しながらウェルカムDJまで。趣味と仕事が表裏一体で、遊びや表現活動がそのまま仕事につながる時代を過ごした。
2021年にEntôを訪れ、2024年に海士町へ移住。現在はEntôのマーケティングを担っている。
島では猫とシェアハウスで暮らし、地域のグラウンドゴルフに参加したり、友人と和歌短歌を愉しむのも日常に。これからは音楽や食の楽しみも広げながら、遊びと仕事を行き来しつつ"島の余白"を彩っていきたい。

― Interview/editing ―
小松崎 拓郎(エドゥカーレ代表/編集者)
1991年、茨城県龍ケ崎市生まれ。島根県の石見銀山遺跡とその文化的景観に抱かれる町・大森町で妻と二羽の鶏、愛犬と共に暮らしている編集者。エドゥカーレ社代表。会社のファンを増やすオンラインマーケティング支援サービス「カンパニーエディター」、自然のために働く人を増やし、自然を愛する人の輪を広げていくプロジェクトデータベース「GOOD NATURE COMPANY 100」を運営。

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