旅の醍醐味は、島の人とのあいだに生まれる時間
26.10.09
Entôの食卓で口にしたお米。そのつくり手に会いにいく。
葡萄畑を訪ねたり、海のそばで仕事をする人の話を聞いたりする。
海士町を歩いていると、目の前の風景の中に、そこで暮らす誰かの日々があることに気づく。
その人たちのもとへ、Entôのスタッフと一緒に出かける。
旅の前には、スタッフがゲストと話をする。何に興味があるのかを聞きながら、そのときの感覚から、島で知る人たちの顔を思い浮かべる。
「この人と合いそうだな」
「この人にちょっと会わせたいな」
そう話すのは、スタッフの小野だ。海士町で暮らし始めて2年目。休みの日には島の人のところへ遊びに行ったり、声をかけられて仕事を手伝ったりすることもある。
小野の頭に浮かぶのは、海士町で暮らす中で知り合い、普段から話したり、ときには一緒に手を動かしたりしている人たちだ。
そんな島の人との間にある関係へ、旅人も少し加わっていく。
それが、Entôの「コミュニティホスト」という取り組みの、ひとつのかたちだ。
「何をするか」より、「誰と会うか」
コミュニティホストでは、島で暮らす人のもとへ会いにいく。
葡萄を育てる石川さん。素潜りで漁をする吉川さん。Entôの食卓に届く米をつくる山中さん。そのほかにも、島でそれぞれの仕事や暮らしを続ける人たちがいる。
誰のところへ向かうのかは、あらかじめ用意された選択肢から決めるわけではない。
事前に交わした会話や、その時期に島で起きていること。訪ねる人がどんな日々を過ごしているのか。いくつものことが重なって、その日の行き先が少しずつ見えてくる。
小野は、そんな時間の土台についてこう話す。
「僕と島民の人が普通に仲良くて、そこにお客さんが入るイメージ」
Entôで働く中で知り合った人もいれば、暮らしていくうちに自然とつながった人もいる。
「自分で輪を広げにいっているというより、自然とつながってきた感じ」
コミュニティホストのためだけにつくられた関係ではない。仕事の外側にも続いている付き合いがあり、その中へ旅人も一緒に向かう。
「僕らと島民の人の関係値が命だと思う」
だから、訪ねられる人の数を急いで増やしたいわけではないという。
訪ねる先を増やすことよりも、まずは島の人と関わり、少しずつ関係を重ねていく。
その先に、旅人との時間が生まれていく。
日常の中に入ってみる——山中さんの場合
Entôで食事をしたことがある人なら、その名前を知らなくても、すでに山中さんがつくった米を口にしているかもしれない。
山中さんは海士町で生まれ育った。子どもの頃から家の米づくりを手伝い、牛で田を起こし、苗を手で植え、刈った稲を稲架(イネハデ)に掛けて乾かしていた時代を知っている。
その後も米づくりを続け、退職後には耕す田んぼを増やした。多いときにはおよそ5ヘクタール。年齢や身体の変化に合わせて少しずつ面積を減らしながら、今も田んぼに立っている。
Entôとの付き合いも長い。前身のマリンポートホテル海士の頃から、米を届けてきた。
どんな米をつくりたいのかと尋ねると、答えはとてもシンプルだった。
「一口で言うとうまい、美味しい米。それに限ります」
仕事の話を聞いていくと、具体的な工程が次々に出てくる。
玄米は一定の大きさで選別する。色彩選別機にも通し、状態のよくない粒を取り除く。精米してからも、割れた米などを除いていく。
「愛情を込めているからですか」と尋ねると、山中さんは「いや、それはないです」と返した。
自分の仕事を特別な言葉で飾ることはせず、そのまま選別や精米など、日々の具体的な仕事の話を続けた。
食べた人から届く言葉は、米づくりを続ける励みにもなっているという。
袋を開けたときの香りがいい。甘みがある。冷めてもおいしい。そんな声を聞くことがある。Entôのスタッフから、ゲストが「おいしい」と話していたと伝えられることもある。
なぜ続けているのかという話になると、
「みんなが喜ぶからですよ。それだけです」
と山中さんは言った。
米をつくる、そのまわりに人がいる
山中さんの田んぼには、米だけではなく、人との時間も積み重なってきた。
島食の寺子屋の若い人たちが、種まきを手伝いに来るようになった。最初は人手が足りず、手伝ってくれる人を探していたことがきっかけだったという。
作業が終われば、そのまま山中さんの家で昼ごはんや夕ごはんを食べることもある。台所を囲んで話し、卒業して島を離れてからも、また会いに来る人がいる。
「若い人と話ができるだけでも、精神的には若返るような気がする」
山中さんはそう話す。
米をつくっていたら、人が来るようになった。
手伝う人がいて、一緒に食べる人がいて、しばらく離れていてもまた訪ねてくる人がいる。
コミュニティホストが始まってからは、その中に旅人の姿も加わるようになった。
精米所を見せることもあれば、田んぼへ行くこともある。米づくりについて聞かれれば話すし、ときにはお茶を飲み、一緒に食卓を囲む。
何をするかは、いつも同じではない。
何でもない話をする島の時間
ある日、山中さんの家を訪ねた人たちと、みんなで料理をつくった。
持ち寄った食材を調理して、同じ食卓を囲む。
その場にいた小野は、あとからその時間をこう振り返った。
「お客さんのはずなんですけど、お客さん扱いはしてなくて。みんなただ、それぞれ人としていて。みんなでご飯食べて、何でもない話をして。でもそれが楽しい」
山中さん自身に、訪ねてきた人とどんなことをするのかを聞いても、決まった答えは返ってこない。
「相手次第だわね」
何を質問するのかによっても変わるという。精米所を見ることもあれば、田んぼの話をすることもある。お茶を飲むことも、一緒に食事をすることもある。
あらかじめ決められたことを順番に体験していくのとは、少し違う。
会って、話しているうちに、その日の時間ができていく。
予定していなかったこと
島にいると、予定していなかったことが起きることもある。
以前、小野が島に来ていた若者たちと過ごしていたときのこと。たまたま知り合いの島の人がやってきて、その場で釣りが始まった。
「ちょっと格好いいところを見せてやろう」と竿を出したものの、結局魚は釣れなかった。
それでも、その時間は小野の記憶に残っている。
「突発的なものってデザインできない」
町を歩いていて知っている人に会う。声をかける。そこから話が始まる。
そんな偶然そのものを用意することはできない。それでも、日々の中で知っている人が増え、話せる関係が重なっていくことで、予定にはなかった時間に出会うこともある。
また会いたい人がいる島へ
一度、島を訪れた旅人が、再び海士町へやってきた。
その人が口にしたのは、「あの体験をもう一度したい」ではなく、以前出会った人に「もう一度会いたい」という言葉だった。
その後、その旅人は、島で出会った人が東京で開いた個展にも自分で足を運んだという。
Entôで食べたお米の向こうに、山中さんがいる。
葡萄畑にも、海のそばにも、それぞれの日々を送る人がいる。
島を訪れる前は、まだ知らない人たちだ。
一度会って、声を聞き、同じ時間を過ごすと、田んぼや葡萄畑、海の風景も、それまでとは少し違って見えてくる。
次に海士町へ来る理由に、
「あの人に会いたい」が加わるかもしれない。
誰に会うことになるのかは、まだわからない。
その人のいる風景へ、足を踏み出してみる。
― text ―
浅川友里江
東京生まれ、山梨育ち。学生時代から写真や映像、音楽やサブカルに夢中になり、デザインや執筆、ブランディングの仕事へ。京都ではホテル開業に携わり、マーケティングを担当しながらウェルカムDJまで。趣味と仕事が表裏一体で、遊びや表現活動がそのまま仕事につながる時代を過ごした。
2021年にEntôを訪れ、2024年に海士町へ移住。現在はEntôのマーケティングを担っている。
島では猫とシェアハウスで暮らし、地域のグラウンドゴルフに参加したり、友人と和歌短歌を愉しむのも日常に。これからは音楽や食の楽しみも広げながら、遊びと仕事を行き来しつつ"島の余白"を彩っていきたい。
― editing ―
齋藤 風香
エドゥカーレ社 コンテンツディレクター