5年間で、Entôに重なった時間
26.09.02
2026年7月1日、Entôは開業5周年を迎えた。
5年という時間を、どこから振り返ればいいのだろう。
訪れた人の数。
ここで働いてきたスタッフの数。
地域の中をめぐった経済的な数字。
数字から見える5年間はもちろん、たしかな足跡としてそこにある。
けれど、客室の窓の向こうに広がる海を眺めていると、
この場所には、数字だけでは捉えきれない時間が、流れていることに気づく。
約600万年前から続く大地の時間。
その上で繰り返されてきた、人の暮らし。
手から手へと受け継がれてきたもの。
ここで出会い、またそれぞれの日常へと戻っていった人たちの記憶。
Entôが歩んできた5年もまた、その長い時間にそっと重なる一層なのだ。
5周年を迎えた2026年7月。
Entôでは「地球の時間に触れる」と題し、NEST1階にあるジオラウンジを会場に、展示やトーク、ワークショップ、焚き火などを行った。
この1ヶ月、この場所に流れてきた時間を、いくつかの風景から辿ってみる。
地球の時間|目の前の風景、その奥にあるもの
Entôの窓から見える、穏やかな内海。
その風景をつくったのは、約600万年前から続いた火山活動だった。
現在の中ノ島、西ノ島、知夫里島は、かつての火山の外輪山の一部。陥没したカルデラに海水が入り込み、いまの島前の風景が生まれた。
毎日そこにある海や山も、その成り立ちを知ると、少し違って見える。
5周年展示では、島前カルデラの姿を映像で映し出した。
誰かの偏愛に触れる
そして、隠岐ユネスコ世界ジオパークの研究員と環境省レンジャーによるトークイベントでは、実際の岩石を手にしながら、それぞれが追い続けている地球の話に耳を傾けた。
研究対象について話し始めると、言葉にふつふつと熱が宿っていく。
地質研究員の中山さんは、「花崗岩」について語る。
「花崗岩はこの水の惑星、地球にしかないんです。元々地球には大陸が無かったのですが、この大陸ができたときに、花崗岩という岩石も生まれました。だから、花崗岩のことを知ると、この大陸地殻がどういうふうに進化してきたのかが分かります。下をよく見てみれば、私たちは花崗岩という環境に生きているのですが、そういった普遍的な花崗岩でも、美しいだけでなく壮大なストーリーが秘められているんです」
誰かのまっすぐな偏愛に触れると、それまで気にも留めていなかった岩や地形に、思わず目を向けたくなる。
参加した方からは、こんな言葉がこぼれ落ちた。
「ずっと観光の仕事をしているのですが、ジオパークは世界遺産なんかと比べるとお客様にとって分かりにくい部分も多くて、どうやったら観光と繋げていけるか悩んでいました。でも今日のお話を聞くと、マニアックな愛情がすごく面白くて。そういうところから興味を持ってもらえるんじゃないかなというヒントになりました」
ジオとは、途方もなく遠い地球の歴史だけを指すものではない。
いま目の前にある海も、岩も、その長い時間の続きにある。
Entôの客室で過ごす時間も、その上に重なっている。
今回の5周年では、それぞれ異なる立場でジオパークに関わる人々が、知恵を合わせて一つの企画をつくりあげた。
「ジオパークの拠点」という言葉は、Entôだけで何かを完結させることを指しているのではない。
ジオに関わるさまざまな人がここで出会い、関係を紡いでいくこと 。それこそが、この場所に「拠点」としての歩みをもたらしていくのだと、熱のこもった言葉が教えてくれた。
暮らしの時間|手に残る島の記憶
地球の果てしない時間の上には、この島で人が暮らしてきた「暮らしの時間」がある。
5周年展示では、海士町で使われてきた民具「つかり」と、海とともにある暮らしの中から生まれた「海士乃塩」を取り上げた。
誰かに見せたり、飾るためにつくられた工芸品ではない。
島にあるものを使い、この土地で暮らしていくために、人の手によって生まれ、受け継がれてきたものだ。
手を動かすことで、昔の暮らしに触れる
7月の日曜日、ジオラウンジには、いつもとは少し違う音が響いていた。
カコン、カコン。
木製の編み機を動かし、つかりを編む音だ。
大きな窓の向こうに広がる海を前に、島の人や旅人が座り、一段ずつ紐を編んでいく。
仕組みはとてもシンプルだが、きれいに仕上げるためには、紐の引き方や力加減に少しコツがいる。
同じ動きを繰り返すうち少しずつ形が現れ、最後にはものを運ぶための一つの道具が完成する
ただ展示してあるものを見るのとは、少し違う。
自分の手を動かしてみることで、かつて同じように手を動かしていた人の暮らしが、ほんの少し自分の身体に近づいてくる。
海士乃塩にも、この島で続いてきた時間がある。
海に囲まれた海士町では、古くから塩がつくられてきた。
けれどその営みは、一本の線のように同じ形で残ってきたわけではない。
担い手が変わり、事業が引き継がれ、今はまた別の人の手によって釜に火が灯されている。
島に残るものは、静かに保存されているものばかりではない。
人が変わりながら、手から手へと渡されてきたものもある。
つかりと海士乃塩。
その奥には、この土地で生きるために人が重ねてきた時間がある。
目の前に広がる森も、自然のままではなく、人の手と自然との関わりの中で守られてきた風景だ。
その森から生まれた杉皮を使ったポストカードづくりでも、印象的な風景が生まれていた。
島の人たちが楽しそうに手を動かしている様子を見て、滞在していた親子が興味を持って輪に加わった。子どもは島の子どもたちと一緒に杉の皮に触れ、その間、お母さんは近くのソファで身体を休めていた。
誰かが「交流してください」と促したわけではない。
「何かをつくる」ということが真ん中にあることで、島の人と旅人が自然に同じ時間を過ごしていた。
見るだけではなく、触れる。
手を動かす。
音を聞く。
同じ空間に居合わせる。
土地を知る入口は、言葉だけではない。
めぐる時間|数字の向こうへ
地域へ、めぐる
5周年展示の一角には、「経済成分表」が掲げられていた。
地域の中に入ったお金が、どこへ流れ、どれだけ地域の中に残り、巡っていくのか。
その経済的なめぐりを数字から見つめたものだ。
その数字の先を辿っていくと、そこには一人ひとりの顔がある。
米をつくる人。
魚を獲る人。
料理をする人。
器をつくる人。
島を案内する人。
Entôでゲストが過ごす一泊も、そうした島に生きる人たちの営みと深く繋がっている。
人から人へ、めぐる
7月の夜、Entôの前では、いつものように焚き火が灯った。
この5周年企画の間、島でシードルをつくる石川潤さんや陶芸に取り組む勇木さん、地元の漁師、島留学生など、島で暮らす人たちが「火守り」として交代で火を囲んだ。
何かを講義するわけでも、肩書きを紹介されるわけでもない。
同じ火を見ているうちに、ぽつり、ぽつりと、自然な会話が始まっていく。
ある夜、石川さんと焚き火の傍らで話したゲストは、翌日、石川さんのもとを訪ねてシードルを買って帰った。
陶芸家の勇木さんが火を囲んだ夜には、その日Entôに届いた器が、焚き火のあとすべて誰かの手へと渡っていった。
ものが人の手に渡るその前に、つくった人のストーリーに触れる時間があること。
旅先で買った器を使うたび、あの夜の温かな火や、音、交わした言葉まで鮮やかに蘇るかもしれない。
お金だけでは測れないものも、土地と旅人の間を巡っていく。
人の時間|名前をひとつ、持ち帰る
7月11日、ジオラウンジには26人が集まった。
話し手は、ジオガイドとして長く島を案内してきた福田さん。
この日、福田さんが話を届けたかった相手は、普段からお世話になっている地区の人たちだった。
「いつもお世話になっている人たちに、あらためて感謝を伝えたい」
そんな思いから、自らチラシを手渡し、一人ひとりに声をかけてこの日へ誘っていた。
普段はガイドとして旅人に海士町を語る福田さんが、この日は、島で12年暮らしてきた一人として、地元の人たちに向けて海士町を語った。
「近所の方から美味しいお野菜をいただくことがあるんです。どうやってそれを返していこうかなと思ったら、地区の掃除とか地域行事の中で掃除を率先してやるとか。お互いのメリットとかではなく、人と人との『もらったから返す』という素朴な関係性がある。それが僕のすごく好きなところの一つなんです」
福田さんの口から次々と飛びだすのは、この島で暮らしてきた一人として、その12年間に見てきた海士町のこと、そしてそこに暮らす人々のこと。
好きなこと。
変わってほしくないこと。
少し不安に思うこと。
「僕は、ここで暮らしていくからには、もう自分を海士の人だと思っています」
客席には、旅人だけでなく、
地元のおじさん、お母さん、お姉さんたちの姿があった。
普段、Entôではあまり見かけることのない顔もあった。
この場所は、Entôになる以前から、人々を迎えてきた。
1971年に国民宿舎「緑水園」として始まり、1994年には「マリンポートホテル海士」へ。
そして2021年、その時間を引き継ぐ形でEntôが生まれた。
かつてのホテルを知る島の人にとっても、この場所にはそれぞれの記憶がある。
そして、Entôはジオパークの拠点であると同時に、港のそばにある町の入口でもある。
5年という一層|この場所に、これから重なる時間
7月19日、Entôの設計を手がけた原田真宏さん、原田麻魚さんが、5年ぶりにこの場所のことを語った。
「『何もないことの豊かさ』を感じられるように、建築としての介入は最少限にしようと考えました。それが、刻一刻と変わる自然の変化を感じるための『基準線』としての建築です。外廊下にしたのは、外の風や空気を感じて欲しかったから。多少の不便さはあっても、テラスで風を感じることで『今、自分はここにいるんだ』と実感できる。この場所ならではの挑戦でした」
建築は、完成した瞬間だけがすべてではない。
そこに人が入り、使い、時間を重ねていくことでようやく完成へと向かっていく。
「建築の素晴らしいところは、一度出来上がるとそこで起きた挑戦や出来事が刻み込まれ、次に訪れる人々にそのエネルギーが伝わっていくことです。Entôがそういう場所になってくれたことを嬉しく思います」
日常として積み重なり続ける風景
5年という時間は、この島を形づくってきた600万年の地球の時間から見れば、ほんの一瞬、薄い一層にすぎない。
けれどその一瞬の中で、美しい風景がいくつも生まれた。
Entôが開業したとき、「Honest & Seamless」という言葉が、そのあり方として掲げられた。
Honest――ありのままであること。
Seamless――境界なくつながること。
5年を経た今、あらためて、この言葉に立ち返ってみる。
海を前に、並んで「つかり」を編む人がいる。
研究者が好きな石について、目を輝かせて話している。
島の人と旅人が、同じ火を囲んでいる。
昔から島に暮らす人が、Entôへ話を聞きに来る。
それぞれ異なる時間を生きる人たちが、この場所に居合わせている。
5周年の一か月に生まれたこうした風景が、いつか特別なものではなく、この場所の日常に重なっていく。
5年前、この場所に込められた思いも、
時間を重ねるなかで、少しずつ風景になってきた。
Honest & Seamlessという言葉もまた、
この島で重なる日々のなかで、何度も新しく受け取り直されていくのかもしれない。
原点を見つめながら、また次の時間へ。
Entôはこの先、この島に、どんな時間を重ねていくのだろう。
― text ―
浅川友里江
東京生まれ、山梨育ち。学生時代から写真や映像、音楽やサブカルに夢中になり、デザインや執筆、ブランディングの仕事へ。京都ではホテル開業に携わり、マーケティングを担当しながらウェルカムDJまで。趣味と仕事が表裏一体で、遊びや表現活動がそのまま仕事につながる時代を過ごした。
2021年にEntôを訪れ、2024年に海士町へ移住。現在はEntôのマーケティングを担っている。
島では猫とシェアハウスで暮らし、地域のグラウンドゴルフに参加したり、友人と和歌短歌を愉しむのも日常に。これからは音楽や食の楽しみも広げながら、遊びと仕事を行き来しつつ"島の余白"を彩っていきたい。
― editing ―
齋藤 風香
エドゥカーレ社 コンテンツディレクター