船に乗って辿り着く、異国のように離れた遠島への旅。
遠く離れているのに、どうして何度も訪れたくなるのだろう。
遠島には、どんな価値があるのだろう。
これから隠岐の島に滞在するお客様や、すでに滞在されたお客様は、このように思うかもしれません。
Entô(エントウ)のゲストに島を訪ねたきっかけや、滞在中に見つけた豊かさや光について伺う連載【わたしが遠島へ旅する理由】。
なんと5度目の来島(!)を迎えた小松麻衣子さん(以下、小松さん)は、隠岐への旅を「積極的に空っぽになりに来る旅」だと言います。
前編はこちら:
【わたしが遠島へ旅する理由】「この島の気配と余韻がいいんです」隠岐の島・観光|小松麻衣子さん|01
本文:白水 ゆみこ
写真:佐藤 奈菜
取材・編集:小松崎 拓郎
予定調和ではない自分だけの時間
── 歳を重ねるとともに、旅の仕方にも変化があったんですね。
小松さん 変わりましたね。若い頃は、行きたいところや食べたいものにどういうルートでいかに効率よく辿り着くのかということに力を注いでいて。ある時ふと気がついたんですけど、結局やっていることが仕事と同じで、決められたスケジュールをこなしているだけになってるかもしれないぞと。
もちろん楽しいし、自分が決めたルートなんだけど、予定調和のなかに自分をはめて時間通り動いていると、ガイドブックに書いてあることを確かめただけなんじゃないかって思えてしまって。
そういう気付きを経てからはガイドブックの類を全く見なくなりました。むしろノープランであることのほうが、旅が充実するので、「また行こう」って思えるんです。その代わりに飛行機の早割とか、オトクな情報は自分にとってほとんど意味をなさないですよね(笑)。
── たしかに、事前に予約を取ったりしないから割引の恩恵は受けづらいかもしれませんね(笑)。今回は5度目の宿泊ですが、これまでの滞在で思い出深い出来事があれば教えてください。
小松さん 初めての滞在中だったと思うんですけど、急に雨が降ったときがあって。雨が降り止んでお風呂場に向かおうと外に出た時に、大きな虹がかかっていたんです。
今日は何もできないかなと思ったところの虹だったので、なにかご褒美のように感じたのを覚えています。暮らしているのが東京のなかでも特に都心部だからなのか、ひとつひとつが新鮮に感じられて楽しいのかもしれません。
積極的に空っぽになりに来ている
── 些細な自然の変化や目の前に起こることを楽しんでいらっしゃるんですね。同じ国内であっても隠岐と東京では全く異なる環境ですよね。普段の生活との環境の違いに際して心境の変化はあるものなんですか?
小松さん わたし、積極的に空っぽになりに来ています。やっぱり街中にいると、それが生活の場であり仕事の場でもあるので、いつも頭の中が忙しいんです。それがここに来ると一切ないですね。
── そういう時間と環境を作りに作るためにいらしてるんですね。
小松さん はい。すぐに空っぽになれますね。というのも、ここへ来るときは事前の準備をしっかりしていて「なにか問題があっても対応できない場所に行くからね」と隠岐へ行くとかはあえて言わないで自分が安心して旅できるようにしたうえで、ぱぁーっと何もかも忘れています。
── 空っぽになった状態は普段の小松さんとは違うんですか?
小松さん その状態は普段の自分とは人から見ると変わらないかもしれないですね。けれど自分のなかでは頭の中をぐるぐる目まぐるしくしているものが、ものすごく落ち着いていて、スローダウンしている感覚があるんですよ。
どんな感覚かっていうと、不思議なんだけど子どもの頃に戻ったみたいに、なんの責任感もなくやりたいことやって、外でコオロギとかバッタを捕まえたりしています(笑)。
── 港町で生まれ育ったとおっしゃっていましたが、昔のご自身に還る側面があるんですね。
小松さん 自分でも空っぽになるのが嬉しい感覚って、なんだか不思議なんですよ。この島に来てすごくいいなと思ったのが、貼ってあるポスターの「ないものはない」っていうこと。それって、なんでもあるってことですよね。
言葉の意味を考えるよりもストンと腹落ちしたんです。確かに!って思えて。訪れる度にものすごく充電して帰るし、なにかを確かめにきているのかもしれないですね。
── 空っぽという言葉は一般的には充電がきれるという意味ですが、どうして空っぽになることが充電につながるんですか?
小松さん それがね、すごく表現が難しいんですけど、気力が満タンになるんです。さっきの虹の話に通じるかもしれませんが、自分が空っぽになったからこそ、目の前で起こる些細なことがより深く自分のなかにぐっと入ってくるんだと思います。
── 気力という器と、違う器があるんでしょうか?
小松さん きっとそうなのかもしれませんね。空っぽであって欲しい器が満たされていて、満たされていて欲しい器が空っぽになっている。だから、それを逆転させるために、わたしはこの島に来ているんだと思います。
あとがき/インタビューこぼれ話
終始撮影を担ってくれていたスタッフの佐藤から小松さんへ聞いてみたいことがありました。
── ホテルで働く人っていうのは身なりやマナーがしっかりしていることが一般的だと思うんです。価格も決して安くはないけれど、いわゆるラグジュアリーホテルというわけでもない。スタッフも様々でわたしなんか髪の毛が見ての通り緑でイレギュラーな存在だと思うんですけど、ゲストの方から見てどう思うのかとても気になっています。
小松さん 若い人はなんでもやったらいいと思うので、わたしは全然気にならないですよ。マリンポートホテルの時代を知っている方は少し思うことがあるかもしれないかな。でも人って基本は話せば分かるものだと思いますよ。
── Entôスタッフの距離感は実際どう感じられていますか?
小松さん わたしは重厚長大なサービスは苦手なんです。温泉が好きなんですけど、よくある温泉旅館のおもてなしには隙がなくて、ずっと様子を見張られている感じがしてなんだか寛げなくて。もちろん人それぞれではあると思うんですけどね。個人の好みではありますけど、Entôの方の距離感は自分みたいな一人旅の人間には丁度いいと思っています。
窓越しの曇天に、鉄道写真を撮るときには今日みたいな曇天のほうが鉄がきれいに写ることを教えてくれた小松さん。今回の休暇は記憶していたよりも実は1日多かったようで、「翌日は下関へ更に1泊して帰ろうと思うんですよね」と、柔軟でクリエイティブな視点に終始、自分が肯定されていくような癒やしを感じられる素晴らしい時間になりました。
― text ―
白水 ゆみこ(しらみず ゆみこ)
福岡県出身。2017年〜2021年まで熊本・黒川温泉にある老舗旅館で仲居として働く。はじめて観光業に携わるなかで宿泊を通じた観光のその先を探しに2021年夏、飼い猫と海士町へ来島。Entôを運営する株式会社海士に入社。清掃や料飲部門などの宿泊事業に関わるマネジメントを経て、現在は社内全体のマルチサポーターとして活動中。島での暮らしを、食と言葉で表現するひと。
― photo ―
佐藤 奈菜(さとう なな)
北海道札幌市出身。アメリカで数年を過ごし、代表の青山と同郷であることなどからEntôや海士町に興味を抱き、帰国後2022年に移住。暮らしのなかで撮るふとした写真のセンスは社内でも群を抜く。現在はマーケティング事業を主に担当。彼女にとって良きタイミングで髪色を変える習慣があり、変化を楽しむ柔軟な姿に影響される人も多い。
― Interview/editing ―
小松崎 拓郎(こまつざき たくろう)
エディター。合同会社エドゥカーレ代表。茨城県龍ヶ崎市出身。渡独生活を経て、石見銀山に抱かれる町・島根県大森町で暮らしている。家族は妻と鶏二羽。