すこし遅れてやってきた梅雨空が島を覆う。
連日、各地で降り止まぬ雨の様子が日々流れ込んでくる。そっちは大丈夫かという友人からの連絡を安心の担保に、窓越しに大きく揺れる木々を見つめた。
明くる日に通勤の途中で山を抜けると一帯が田んぼの地区に出る。西という地区だ。梅雨前に丁寧に植えつけられた稲は、濃く青々としていた。風がそよげば波打つほど成長して、畑の野菜たちも根を張り身体を大きくしようと踏ん張っている。
5月にあちこちで見られた田植えの光景はとても好きだった。
隅々まで器用に操縦されるトラクター
合間に腰を下ろしお弁当を広げている後ろ姿
海士町には大人の島留学制度やインターンをはじめとする還流が盛んなこともあり、島の年配者のそばには若者が、ときには子どもたちも自然と混ざっている。多くは縁もゆかりもなかったわたしたち。世代を越えて人々が混ざりあう光景は、長い月日をかけ育みつづけている「意志ある未来」の一端なのだろう。
それらは遠く深くまで透んだ海のように、島の人々の暮らしは時にはっとするほど豊かで鮮やかさを放っている。
あらゆる交流と表現の舞台として
7月1日、Entôは開業から2周年を迎えた。
当日は若い精鋭たちが小さな店をいくつも構え、祭りのような賑やかさに人々が集ってくる。
働くスタッフもこの日は少し浮足立つ様子だった。
朝陽が昇るまえから施設の写真を撮り溜めたり、記念開催のマーケットに自ら出店する子もいて、自然体にその日を過ごす。朝食の提供で現場に出ていたわたしは、思いつきで筆を執り、気づけば目の前にいるゲストたちへ短い手紙をしたためていた。
“この度は遠くからのご来島 誠にありがとうございます
2021年7月1日 Entôは誕生しました
本日2周年を迎えます
私達にとっても大切な日に こうしてお会いできたこと 心よりお礼申し上げます”
最後に「またいつでもお越しください」と書いてはみたものの、ここまでの距離を考えるとそう簡単に次の来訪も難しいかと冷静になる。それでも縁があれば、またこうして出会えるかもしれない。
一縷の望みを文末に託し、手紙を届けた一人一人との再会を願った。
3年目に入ったこの場所は、どんな変化を遂げるのだろう。
携わる人、取り巻く環境、わたしたちを包む空気も、少しずつそして確実に色を変えていくはずだ。
旅のきっかけになる場所
泊まれるジオパークの拠点施設という役割
食材を通じて島の季節や文化を体験すること
施設が今日に至るまでの様々な経緯
町の歴史や未来のこと
島の人々のこと
わたし自身のこと
来島当初、確かによそ者であったはずなのに、求められれば少しは語ることができるまでになった。
誰かに尋ねられる度、それに応えようと見聞きし語り続けるうちに、段々と自分の言葉になっていく。大袈裟かもしれないけれど、わたしが体験したことのない島の過去の歴史でさえ、話すほどに段々と自分ゴトになっていく感覚が時にある。食べたものが己の身体を芯からつくっていくように、この島での体験や先人たちからの教えは、確かに血肉となって心身をかけめぐり言葉となって表現される。
訪れる人々が、成長などという言葉では消化しきれないほどの豊かさを巡らせてくれるのだ。
そう、いま読んでいるであろうあなたのことだ。
まだ此処へ訪れていないとしても、既に訪れた旅先の数々で、あなたさえも知らずのうちにその土地の価値を、豊かさを、訪れた先に種を蒔くように巡らせてきているはずだと思う。
観光に携わるわたしたちは決して与えるばかりの存在ではない。
きのうは若手のスタッフが朝食会場でゲストと話が弾んだ様子で、週末にその方を訪ねて遊びに行くことになったと嬉しそうに報告してくれた。
訪れる者と迎える者
それは互いに対等な関係であってこそ、同じ空間にいる僅かな時間のなかで出会い時に学び、曖昧ですこし余韻を帯びた想い出を渡し合うのだと思う。
「草刈りが楽しい」と口走っていたスタッフを捕まえて、シェアハウスの畑を整備してもらった梅雨の走り。Entôスタッフの中で最も若手にあたる21歳の彼は、大人の島留学制度を活用して1年間わたしたちと共に施設運営に携わり、この春、島に残ることを決めた。
納屋にあったエンジンの掛かりにくい草刈り機を渡すと、顔つきをかえて黙々とセイタカアワダチソウの群落を切り開いていく。初めのころからは想像がつかないほど頼もしい姿に、ありがとうの気持ちで帰り際おにぎりを持たせた。
小さな島の中で幾つも分かれる地区。
身近な人達とこんなふうに暮らしぶりを共有すると、わけもなく安心する。
ちゃんとやっているなと思えるだけで支えになる気がした。
― Photo credits ―
Photographer:Yaleen Plubsiri(ヤリーン)
タイから来日。九州にある国際大学を卒業したのち新卒で株式会社海士に入社。幼少から学んだ英語を活かしてEntôのフロントスタッフとして日々ゲストを迎えている。写真が好きで向かいの住人から貴重な年代物のポラロイドカメラを受け継ぎ、気ままに撮影している。
Model:宮久地 莉仁(みやくじ りひと)
茨城県出身。2022年に大人の島留学生として来島し、Entôで1年間現場を学ぶ。2023年に株式会社海士に入社。現在は島体験生・島留学生を受け入れ育てるひとりとして奔走中。ゲストと話しているとき、島で野球をしているときの姿が一番輝く。
― Text/Photo ―
白水 ゆみこ(しらみず ゆみこ)
福岡県出身。2017年〜2021年まで熊本・黒川温泉にある老舗旅館で仲居として働く。はじめて観光業に携わるなかで宿泊を通じた観光のその先を探しに2021年夏、飼い猫と海士町へ来島。Entôを運営する株式会社海士に入社。客室清掃や空間演出を担うクリンネスの現場を経て、現在はEntôDiningのマネジメントを担当。この島での暮らしを食と言葉で表現するひと。