遠島へと移動する価値

24.01.17

ジオ 海士町

白水 ゆみこ

遠島へと移動する価値

私達の記憶を彩る、いつの日か島を訪れてくれたあなたへ。
そしてこれから出会うかもしれない旅人へ。

ここはなにもないけれど、なにかある遠島。
あの小泉八雲も、こんな言葉を残している。

“私は隠岐で、強い力でその影響を遠くまで及ぼしている文明から逃れているという喜びを味わい、人間の生存にとって、あらゆる人工の及ぶ範囲を越えて、自己を知る喜びを知ったのである。”

その予期せぬ出逢いは「面白い」の一言では収められない、かけがえのないもの。
これは、島で起こる《なにか》を記した置き手紙です。

 

― Text/Photo ―
白水 ゆみこ(しらみず ゆみこ)
福岡県出身。2017年〜2021年まで熊本・黒川温泉にある老舗旅館で仲居として働く。はじめて観光業に携わるなかで宿泊を通じた観光のその先を探しに2021年夏、飼い猫と海士町へ来島。Entôを運営する株式会社海士に入社。清掃や料飲部門などの宿泊事業に関わるマネジメントを経て、現在は社内全体のマルチサポーターとして活動中。島での暮らしを、食と言葉で表現するひと。

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歴史に刻まれる一夜

年が明けるその瞬間、Entôには団欒の賑やかさと明かりが灯っていた。

すべての店が年内最後の営業を終え、港周辺はしんと静まり島全体を除夜が包み込む。
海と手をつなぐように港の丘に佇むわたしたちの拠点。
外観に温かな光が溢れて、年越しのため訪れた島の人々がカクテルを嗜み談笑する姿があった。

年末年始の営業は、Entôの前身であるマリンポート海士、更に遡り国民宿舎だった緑水園の運営時代に遡っても初の試み。実現させたのは全てのスタッフと島を支える地元有志たちの存在だった。

かねてより島内から待ち望む声の多かった喫茶の期間限定オープン。気づけば毎日のように島民の誰かしらが足を運ぶ場所になった。隠岐酒造の鏡開きや餅つき、クルージングでの初日の出、お正月らしい催しの数々にゲストも島民も入り混じる。その光景は初めて迎える年越し営業のためか非日常であり、どこか懐かしい。

新年という確かな区切りを迎えても尚、まだすこし曖昧な時間に引き寄せられて、浮足立った仲間の表情を見つけては頬が緩む。新しい試みのなか苦労もあったけれど、本当に幸せな時間を過ごした。

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厳しさがスパイスになる隠岐の冬

日本海に浮かぶ隠岐諸島の冬、海が時化ることも少なくはない。

四季の中では特に自然の厳しさが居座り、天候次第でフェリーが欠航することもある。島へ来るのも出るのも少し慎重になる季節ではあるけれど、冬の隠岐はリスクだけを背負っているわけではない。

気まぐれに降る雪に覆われた日。
いつにも増して暮らしのなかの風景を意識する。
NESTの大きな窓枠の向こうに行き交う船や白波、只々存在する島の姿を見つめるだけで心地いい。

気温のぐっと下がる朝。
海辺で背伸びして、澄んだ空気を取り込むだけで気持ち穏やかになるのはなぜだろう。
この時期にしか味わえないひんやりとした空気や匂い、従わざるを得ない自然が生む予定不調和。
それらがスパイスとなり日常を、そして旅を、より一層美しく際立たせる。

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在り続け、変わり続ける島

遠島。遠い遠い島。
かつて罪名であった流刑の称呼は、古代にはじまった償いとしての移動から長い年月を経て変容を遂げてきた。日常から敢えて身を離し、気力を養い、自己を見つける移動へと、わざわざ時間をかけてこの島を訪れる旅人たちがその価値を絶やさず更新し続けている。

島の存続のため奮起した先人による風立ちの渦。荒波にも似たその渦の中へ、魅了された者たちが次々乗り込みEntôは産声をあげた。多くのイベント企画をはじめとする初めてづくしの2023年は、開業以来おそらく最も挑戦的な一年になったはずだ。

ここは訪れるすべての人が気付きと創造の巡りを運んでくれる場所。

今年もゲストと旅をつくり、島と共に歩んでいく。

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