真心を贈る名人と届ける旅 – from staff 【コラム】

24.05.17

海士町 コラム

白水 ゆみこ

真心を贈る名人と届ける旅 – from staff 【コラム】

私達の記憶を彩る、いつの日か島を訪れてくれたあなたへ。
そしてこれから出会うかもしれない旅人へ。

ここはなにもないけれど、なにかある遠島。
あの小泉八雲も、こんな言葉を残している。

“ 私は隠岐で、強い力でその影響を遠くまで及ぼしている文明から逃れているという喜びを味わい、人間の生存にとって、あらゆる人工の及ぶ範囲を越えて、自己を知る喜びを知ったのである。”

その予期せぬ出逢いは「面白い」の一言では収められない、かけがえのないもの。これは、島で起こる《なにか》を記した置き手紙。

― Text/Photo ―
白水 ゆみこ(しらみず ゆみこ)
福岡県出身。2017年から約4年間、熊本・黒川温泉にある老舗旅館で仲居として働き、宿を通じて旅人が土地と交わることに魅力を感じる。2021年、観光のその先を探しに飼い猫と海士町へ来島しEntôを運営する株式会社海士へ入社。尊敬する人は土井善晴氏。飲み屋のカウンターで初対面でも話し込むタイプ。島での暮らしを、食と言葉で表現するひと。

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Model:平尾 優子(ひらお ゆうこ)
海士町出身。Entôの前身、マリンポートホテル海士の時代から20年を越えて株式会社海士に在籍。新しいスタッフが加わる度、困ったことがあれば何でも言ったらええよ、と気兼ねなく声をかけてくれる優しさを持つ。世話焼きな一面に加え、大好きな生け花を季節ごとに組み合わせを考え、Entô館内の各所に添えている。

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代掻きが始まった遠島

ゆったりとしたテンポの音楽が微かに流れる海士町中央図書館の淡い空間。

5月は金曜の開館時間を20時まで延長していることを聞きつけ、ついつい夜風に呼ばれてやってきた。

窓際の一番右端っこにある席に腰掛けると、夕陽に染まる田んぼが目に飛び込んでくる。

島内では連日、代掻きと言われる田植えの前準備がはじまっていて、トラクターを巧みに操り隅々まで大地を耕す光景が見られる。農繁期といえるこの時期恒例の営みを肉体労働と捉える人もいれば、文化や風土の象徴として捉える人もいる。日常のほんの一瞬の出来事でも、旅というフィルターを通すと、こんなにもさまざまに感じられるものなのかと、不思議な気持ちになる。

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田んぼには野鳥のサギたちが静かにたむろしていた。

車を停めて近づこうとすると警戒して飛び立ってしまうため、いつもすこし遠くから観察する。カエルやその幼体であるオタマジャクシ、小型の虫などをついばんでいるらしい。

争うことなく、互いに程よい間隔で狩りをするサギの群れ。

慌てずに、一歩、また一歩と水田を進む挙動にしばらく見惚れてしまった。

薄暗くなっていく図書館に居た私と数名の利用者だけが、閉館間際まで眼前の穏やかな田園風景に包まれて各々の時を過ごした。

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旅の居心地を届ける

5月をまたぐ大型連休、あなたはどんな日々を過ごしていただろうか。

全国各地でお祭りや多くのイベントが相次ぐなか、遠島と呼ばれるこの地へも、時間と費用をかけて多くの旅人が流れ着いた。

フェリーに揺られたどり着いたそれぞれの島で、見慣れないむき出しの隠岐の景色に目を見張る旅人たちの姿。耳に入ってくる、驚きや感動の声。

「そうか、みんなすごく遠くからやってきたんだよな…。本当によく来たね」

心のなかで呟いたつもりが、その光景を見たとき自然と口にしてしまったほど、嬉しいようなくすぐったいような気持ちが溢れた。

島へやってくる旅人への思いは、もしかすると、カタチのない祈りのようなものかもしれない。

島に降り立ったその瞬間から、わたしたちのいつもの場所に非日常の種を蒔いていく大勢の人々がくれた、ほんの僅かな観光の繁忙期だった。

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「泊まれるジオパークの拠点施設」としての役割を担うEntô。

内側にいる私達にとって、ゲストの滞在する部屋は重要な意味を成す。外から訪れるゲストにとっても、滞在中におそらく一番長い時間、身体と心を預けることになる空間。

長年この場所に勤め、誰よりも手を動かし、ゲストの旅をサポートしている平尾さんは「お客さんが気持ちよく居てくれることが一番だけん」と常々呟いている。

到着したあとのゲストが、ぼふっとベッドへ身体を沈めた時の心地よさを追求して、昔からベッドメイクには余念がない。生け花が得意な彼女が、館内ところどころに小さな花々を添える。

訪れたあなたへ贈る、彼女なりの感謝の印だ。

共に働く仲間へも、頻繁に得意の生け花で労いの贈り物をする。

誰かの誕生日には、おめでとうの一言を添えて。

なんでもない日にも「いつも笑顔をありがとう」「あの時のこんな場面で助けられて嬉しかった」など、必ず一言コメントを書き添えて柔らかく、それでいて最大級の感謝を届ける。

すこし忙しい時期になると、気を付けていても視野が狭まることがあるけれど、そんなとき突然に平尾さんの贈り物が届くとハッとして、気持ちを穏やかに楽しむことすらできる。

わたしだけではなく、多くのスタッフが感じている、彼女の前向きな魔法。

建物が変わり、施設の名が変わっても、20年以上も各部屋から眺める景色の額縁を、旅人のために磨き続けている。

誰にも真似できない、息をするように自然に感謝と歓迎の心を伝える名人がここにはいる。

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